用意はいいかい?
 


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この冬は暖冬傾向だそうで、
そういえば まだそれほど “暖房が要る”とか“手袋がないと辛い”とかそんな感覚にまではなっていない。
祝宴の警護などを依頼されて宵に戸外で立ち番をこなす折なぞも、マフラーと上着だけで事が足りており、
もともと暑い寒いには耐性もあった敦なぞは、
戸外の鉄柵などに触れて初めて “ああ冷えてるな、冬だもんな”と実感したほど。
なので、ガールズバンドのメンバーたちがキャーキャーと恐慌状態のライブハウスのほうは谷崎さんに任せ、
アイドル仕様のひらひらした薄手の衣装なのも厭わずに 夜の街へ飛び出しても震え上がるほどではない。
いでたちはあくまでも偽装という前提だったので、
窮屈そうな制服や礼服より動きやすい上、ヒールもさほど高くはない靴を選んだのが幸いし、
凶器が飛び込んで来たそのまま飛び出した素早さが存分に生かせたし。
これも音漏れ対策か、バックヤードや控室のフロアとの仕切りのようにあった分厚い扉を蹴破ったところ、
表通りに通じる中通り、慌てたように駆け出す人影があったのを
そこは薄暗かったにもかかわらずしっかと見定めることが出来ており。

 「待てっ!」

はっきりと位置まで見定めたわけではなかったが、
天窓からの照準合わせだったことからして高い場所からの放物で、
雑居ビルが建て込んだ店だのにあの角度で何か投擲できそうな窓や屋上など周辺にはないのも調べ済み。
よって、中空に身を浮かせての所業だというのは察せられ、
夜空を見上げながらの追跡も、雲のない晩だったので大して苦ではないまんま、
月光に照らされた身を宙に浮かせた何ともシュールな存在が、
時折低層ビルの屋上に着地してはジャンプのためのばねを溜め、一目散に逃げてくところを虎の目で把握。
これまでこんなにあっさりと見現されることなどなくての高をくくってでもいたものか、
あわあわと狼狽している様が挙動不審というよりも何とも滑稽だったれど、

 “それでも身を隠さずに逃げてくってことは、
  他に仲間がいてそこへ戻ろうとしているってことだよね。”

いくら今まで反撃を喰ったことがなくたって、
何かしら悪さをしている集団の中の一員なのなら 喧嘩の一つもしたことはあろうと
ナイフを放られたこともあり、それなりの緊迫感もて身構えていた敦だったのに。
思えば…ガールズバンドが主軸のライブハウスへ 鳥やら虫やら飛び込ませての混乱なんて手を使ったくらいで、
追っ手もさほど恐持てじゃあないらしいという方向で意表を突かれたようなもの。
あまりに突発的だったためパニック状態にこそなりはしたが、
余程 突発的に割り込ませた攪乱策だったか、何ともしょむない仕立てになっちゃった辺り、

 “人員不足で尻腰のない奴が選ばれてしまったのかなぁ。”

人手不足の大変さは我がことに通じてようよう判るが、
それはそれだと置くとして。(まったくだ)
だとしたら主軸格の面子と合流させる前に捕獲した方が面倒は少ないかと、
駆けている脚に馬力を足す。

 “大通り近くまで進まれたら、ジャミングかけているスマホや端末もつながるかもしれないし。”

失敗しましたと場慣れした面子へ連絡されて、じゃあと何かしら入れ知恵されても何だしと、
そこは先読みも出来たので、

 「待てったら。」

寒夜とあって人通りも少ない中通り。
道端のゴミ箱に足を掛け、自動販売機の上を足場にし、自分も屋上レベルの高さまでを駆け上がり、
高層同士の鬼ごっこへ転じさせた敦だったが、

 「お?」
 「どうした?」

いかんせん、油断してはなかったけれど ちょっと周囲への注意が足らなんだものか、
そもそも暗がりの中では淡い色の衣装や白銀の髪という色彩が目立ってしまうことを失念していたか。
飛び上がった寸でを通りかかったバンドマン風の通行人が見かけてしまったようであり。
連れの方は見なかったか急に妙な声を出した相棒へ“なんだなんだ”という声を掛ければ、

 「いや、今 魔法少女が走ってった。」

いや、それって…

 「ふ〜ん? まあ、ヨコハマだしなぁ。」
 「だな。」

おいおいおいおい。(笑)
こんな時間帯のヨコハマって ロクなものが駆け回ってないの前提ですかい。
まあ、くどいようだが、
パニエでスカートを膨らませた上へチュールでふんわり飾られたワンピースドレスに、
アンクルストラップのエナメルの靴、
月光に光る銀色の髪は エクステで普段のぱっつんからは程遠い長いめに繕い、
与謝野やナオミに散々いじられたメイク済みという格好じゃあねぇ。
魔法少女が対峙対象の悪魔を追ってでもいるかのような図となっていたらしいのは否めないし、
もしかして “異能”ってのに接した経験が他でもあったお兄さんなら、
何処の萌えキャラだという格好はともかく
実在リアルな存在が ひょひょいとほんの二またぎで屋根の上までを駆け登ってゆくのも“アリ”なのかも。
……届けがあったらあったで、
安吾さんとか国木田さんが居酒屋のカウンター席で慰め合いつつ
どう対処していいやらと零しそうな気もしますが。(笑)

 そんな目撃者がいたことにも気づかぬまま。
  (ちなみに、千里眼の乱歩さんから、
   面白い都市伝説になってるよと揶揄われ、真っ赤になるのは別のお話。) 笑

 「待てってばっ!」

こちらもこの高さなら遠慮は要らぬと思ったか、
誰に教わったものなやら 此処までは“女の子走り”だったのを
脚を虎化し、踏み切りも大きい躍動的な駆け足を開始。
歩幅も大きくしたのと、
相手がさしてこなれた異能者ではないらしいこととが相俟って
幾つかの雑居ビルを踏み越えた辺りで
手を伸ばせば届きそうなまでに距離を詰めた。
追われている側が妙に振り向き振り向き逃げていたのも
こちらには有利に働いて、

 『よっぽど信じがたい何かに追われてるって思ったんだろうね。
  よくも失速もしないで そこまで逃げ続けられたもんだよ。』

 『いや、自分だって異能を持ってるんだから、
  こういう追跡が出来る存在がいるってことも理解できるんじゃあ。』

 『…乱歩さん、さすがにそれは敦に言わないでやってくださいね。』
 『え〜。頼もしくなったもんだってことなのに?』

これもまた後日の探偵社での談話だったりするのだが、それもさておき。

 「く、来るなっ!」

余程のこと突貫作戦だったものか、
それとも、小鳥の木偶は結構俊敏に滑空させられていたのに
本人様は大して浮かんでいられない程度の異能だったのか。
この程度の追っ手に焦りが増したらしい空中浮遊男は、
それ以上は足場がない方向へと追い詰められたことにハッとし、
敦の方へと振り返ると、落ち着きなくがなり立てる。
それは頼もしい追いようだったことからも恐慌状態になりかけてたようで、
やや擦り切れたモッズコートっぽいのを羽織っていた、どう見ても十代くらいの青年は、
そのコートのポケットに手を入れると、何やら小石のようなものをばらまいて、
足元まで落ち切る前に ひゅひゅんっとこちらへ飛ばしてくる。

 「わっ。」

ただぶつけられるのから大して威力も無かったろうが、
一つ一つが結構な勢いに乗っていて、
ちょっとした弾丸の乱射のようでもあり。
重力遣いの中也もそういう攻撃が、そちらさんは本物の銃弾で出来るところ
実は見たことがない敦には予想出来なかったことだけに。
ひゃあと一瞬身がすくみ、
こちらは到達したばかりとあってビルの屋上のまだ端っこに立っていたこともあって、
あわわとバランスを崩しかかる。
ヒールは高くなくともなれない靴だったのがこんな時に災いし、
かかとだけがはみ出したものだから一気に背後へ傾いて、
背条が寒くなったほどの呆気なく、後背へと落ちかかったけれど、

 「あ…。」

夜陰の中にふわふわした幻みたいな存在が居たのは結構目に付いたものか、
何処からともなく疾風の如くの素早さで
宙を翔って飛んで来た黒っぽい羽衣もどきが腰回りへ巻き付いて、
敦の痩躯を支えつつ 元いた位置へ戻してくれて。
ありゃこれって…と気が付いたのとほぼ同時、
まるで敦自身の陰のよに、その後背に立つ存在が現れる。

 「あ、えっとありがと…。」
 「愚者め。」

任務だろうに何をうっかりしておるかとか、
太宰さんの指示だろうに かように安易なこと果たせなくてどうするのだとか、
色々と籠ってそうな視線がひややかに飛んで来たので、
そういう空気を察し、お叱りへの反応、はわわと肩をちぢこめるところも
考えようによっては ほだされ切ってる敦くんかも知れぬ。
反発して喧嘩になってたのになぁと、昔はそうだったのを思い出したのは後々で、
というのが、

 「……っ。」

自分への集中攻撃で飛んできた飛礫が掠めたそれか、
白い頬や剥き出しの腕のあちこちに擦り傷があったから。
虎の異能の超回復は、余程にひどい傷でないと勝手に発動しないようで、
こんな程度は自然治癒で収まろうと放置されることが多い。
逆に言えば、この初心者らしき重力男へはあんまり危機感持ってなかった表れともいえるのだが、
そこまでは読めなかったか、その代わり、

 「……。」
 「芥川?」

不甲斐ないと思ったか、それとも、
やつがれのかわいいおとうと弟子に何を勝手なことをしてくれたというお怒りが
無言のうちにぐんぐんと膨れ上がっているものか。
切れ長の目許がカッと見開かれたかと思ったその刹那、
彼のまとう黒外套がざわめくと、敦の身の周縁をギリギリ掠めるように疾風が飛び出してゆき、
小鳥を飛ばした男に一気に襲い掛かったから恐ろしく。

 「うわっ!」
 「ひゃあっっ!」

前者の悲鳴は敦が上げたそれなので、これでは報復になってないよな気もするが、
ふわふわした格好のあちこちを掠めた、疾風の正体である黒獣は、
狙いたがわず怪しい青年の四肢のあちこちに…そっちは容赦なく突き立つと、
ペイッと後背の何もない中空へと突き落としてしまったものだから。

 「え…あ、ちょっと待てっ。」

そこが探偵社とマフィアの対処の違いというか、
何でどうしてそこまでやるのと、
真っ青になった敦が信じられないと言いたげな貌を兄様弟子へと向けたものの、

 「…仕置きだ。」

可哀想にとでも言いたいか、神妙な顔でこちらの頬をそおと撫でてくれるものだから。
一気に膨れ上がってた憤懣や相手への恫喝を封じてしまうのが自分でも歯がゆい。
何も言えないまま口許をパクパクさせておれば、

 「敦、怒ってやるな。」

がばと振り返ったことで自分の背後となった、追ってた相手が墜落した側からの声がして。
向かい合う芥川は冷静なままの顔を向けた先、
かつんという靴音がしたのへ、敦もまた振り返れば、

 「…中也さん。」

特に何かしら構えてもいなければ、対象である青年を指差してもないままに。
それでも異能を発動してはいるのだろう、
自身のやや離れた傍ら、呆然としている男をふわんと浮かせて連れ帰った、
ポートマフィアの五大幹部様が、
帽子のふちの落とす陰に目許を覆い、口許にシニカルな笑みを浮かべて敦の視野の中へと現れたのである。




to be continued.(19.12.22.〜)


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 *うちの黒獣の覇王様は、
  妹さん相手と同じくらいにおとうと弟子さんへも過保護かもしれません。
  真っ向からの敵対なら本気で掛かって来もしますが、
  こういう格好の危機へは迷うことなく手を出して来て、
  後で弟本人から拗ねられるパターンかも。(笑)